すっかり恒例となってしまった乾特製野菜汁を賭けた校内練習試合。
くじ引きで決められた組み合わせを見て、オレ、菊丸英二は天をあおいだ。
■笑い上戸■――菊丸VS不二
「ねえー不二。乾の野菜汁美味しいって言ってたじゃん。この試合負けてよ。なっ、一生のお願いッ!」
対戦相手は天才と名高い青学NO2。オレが真っ先にとった行動は、敵の懐柔作戦だった。
このとーり、と両手を合わせて頭を下げてみる。情けないけどこれであの汁飲まないで済むなら安いもんだよ。
以前大石が飲んだ後の半死半生の有様目にしてるからなおさらだ。すげーつらそうだったもんな。あんな目にあうのはごめんだい。
「ごめんね、英二。僕の場合は罰ゲームにならないから、グラウンド10周にするって乾に言われちゃったんだ」
ちょっと困ったような笑顔を浮かべて不二は言う。えええ、乾そりゃないでしょ。
「げー。…じゃあ手加減してくれにゃい?」
「うん。いいじゃない、飲みたくなければ頑張りなよ。個人的には飲むのおすすめだけど」
相変わらずの笑顔で不二が言う。がっくり肩を落としたオレの前を小柄な影が横切りざまに一言。
「菊丸先輩、たーっぷりご馳走になれそうで良かったっすね?」
ニヤリ、と後輩に似つかわしくない笑みを浮かべて一年レギュラーが言う。
おチビ…前オレに負けて汁飲んだ事根に持ってるな!
…本当は試合前から不二に負けると思われてる事に怒らなきゃなんないんだろうけど…ダブルスならともかく、シングルスじゃね…実力で汁を飲まないようにするのは、結構キツイ。
人間には得手不得手ってもんがあるんだよ!
「いいじゃん不二、友達だろ〜。10周くらい走ってよ、オレも一緒に走るから!」
「不二、菊丸、始めるよ。早くコートに入って」
無情に響く審判乾の声。
「不二サービスプレイ!」
おい、さっそく開眼してるよ。本気で攻める気満々っぽいじゃん?友達がいのないヤツ!!
ふと、オレの頭をある日の情景が過ぎった。
不動峰が――橘が速攻で氷帝を破った試合。
驚くオレ達の側で試合を見ていたルドルフのやつらがつぶやくのが聞こえる。
「獅子学中の二年エースだった男だ」
「金髪じゃなかったから気が付かなかったぜ」
金髪? へ〜あのカタブツっぽいのがね〜意外、なんて思いながらオレは思いついた事を何気なく口にしていた。
「ライオン大仏」
「何?」
「いやほら、タッチー、金髪の鬣あったらライオン大仏じゃん?」
きょとんとした不二にオレは橘の頭を指さしてそう言った。ちょっと面白いかな、とは思ったんだけど。
不二は次の瞬間ブプッと吹き出して、オレの予想を上回る反応でそのまま口を手で押さえて笑い始めた。
しまった、と思ったもののもう遅い。
「あはははっ……ら、ライオン大仏…英二、それ失礼だよ」
体をくの字に折って、掴んだフェンスががしゃんと音を立てる。
――いや、そんな大ウケして失礼も何も。
「ふ、不二…聞こえちゃうって〜」
先に言いだしたオレの方が焦り出す。そう、不二が笑い上戸なのすっかり忘れてた。どうもツボに入っちゃったらしい。これは暫く収まりそうもないなあ。
はっとしてフェンスの向こうに目をやると、こめかみに青筋たてたタッチーがこっちを振り向いて見てた。
あわわわ聞こえてました? ってか、睨まれるのオレな訳?!
後で桃がオレの事をライオンに睨まれた猫だ、なんて言って、それでも不二は又笑ってたっけ。
――そうだ!その手があるじゃん!
オレは対山吹戦で大石に大五郎ネタを振ったときのようなインスピレーションを感じて叫んだ。
「不二ぃー! 不動峰の大仏は!!」
ぴくっと不二の肩が揺れた。そのままサーブをしてくるが、いつもみたいなキレはない。
よしッ!手応えあり! 難なく打ち返してオレは大仏の手真似をしてみる。
「あははっ、は、や、やめてよ英二…プッ」
「嫌だ〜ね!不二がタッチーの事笑うからオレまで睨まれちゃったんだーね」
「ひ、卑怯だよ英二!…あはははッ」
「ん――。戦略と言ってほしいですね。キミの弱点丸見えですよ。んふっ」
「ブッ、そんなの反則だよ…ブプッ」
うっ、まだコーナーを鋭く狙えるのか。ダイビングボレーで凌ぐけど、流石は天才、大笑いしながらもキワドイとこで返してくる。オレも負けたくない――もとい汁を飲みたくない一心で、リズムに乗ったりぼやいてみたり、色んなパフォーマンスを繰り広げる。
笑い声とラリーが激しく続く中、よろけて不二が球を浮かせた。チャンス!
今だキメるぜ菊丸ビーム!!
「残念無念また来週〜!」
黄色いボールは体をくの字に折って笑っている不二の横をバウンドしていった。
「やったー!!不二からポイント先取ー!」
しゃかしゃかと喜んでいたオレに背後から雷が落ちたのは次の瞬間だった。
「菊丸、不二!ふざけたプレーは許さん。グラウンド10周だ!!」
うっ…そうだ…コレを忘れてたよ。
不二対策としてはイイ線いってたと思うけど、こんな事して手塚が怒らないわけなかったんだよ…。
「ツメが甘いよね、英二は。策士には向かないよ」
クスクスと笑いながら不二が横を走る。
「〜〜いいもんね〜、あの汁飲まずに済んだだけでも。結果オーライ万々歳!」
「そうはいかないんじゃない?手塚は喧嘩両成敗だけど、乾は英二に追加お仕置きする気満々みたいだし」
笑顔で通りかかったテニスコートの脇を指さすから、そっちに視線を向けたオレが見たものは…逆光を浴びてコップに緑色の液体を注ぐ長身の眼鏡男だった。
きらり、と眼鏡が光って――奥の視線は見えないけど、オレを見てニヤッと笑ったのははっきり分かった。
「うえええ〜」
「大丈夫、一緒に飲んであげるよ。友達だからね」
にっこりと。不二は相変わらずの笑顔でそう言った。
end